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2010年08月 アーカイブ

「知られること」の認識論 2

哲学者なのだから存在論レベルの問題に取り組むのは当然だという言い方もできるかもしれません。


しかし、あえていえば存在論レベルの問題設定がなされているところに時代の制約があるのです。


商品経済の発達度からいえば、へーゲルの時代はジェームズ・ステユアート段階ないしはせいぜいアダム・スミス段階にあり、今日の発達度に比すれば月とスッポンほども開きがあります。


したがって「資本の文明開化作用」も比較的微少であったでしょう。


マルクスになると、資本主義の最先進国イギリスで生活するようになったせいもあって、さすがに商品の社会的存在条件については、ほかのだれよりも本格的で鋭い考察を行なうにいたります。


しかしマルクスにあってさえ、商品経済論を手がかりにして人間の社会的存在条件に論を進めるというところまでは行っていません。


マルクスの時代にはまだ「個人」が生きていたのであり、だからこそまた、「個人」の存立を危うくする「搾取」や「疎外」を批判することにも大きな意義があったのです。


しかし今日では、ヒトは、「搾取」や「疎外」が声高に叫ばれねばならぬほど立派な存在ではなくなっています。


「搾取」論や「疎外」論がもはや第一義的なインパクトをもちえなくなっている深い理由はそこにあるのです。

「知られること」の認識論 3

へーゲルにあってはなおのこと、個としての人間が主体として生きていました。


「他者に知られることの意味」がやむにやまれず考察されざるをえないという切羽詰まった人間状況にはなく、主たる関心は、相変わらず、もっぱら対象を知ることに向けられます。


そこにあるのは基本的にヒト-モノ関係の図式です。


『精神現象学』における自己意識同士の出会い、つまりはヒト-ヒト関係の取り扱いにしても、知る-知られるという次元でヒト-ヒト関係の意味が探られるということはなく、いきなり支配か隷従かを決する闘争に突入してしまいます。


勝てば主、負ければ奴となるわけですから、そこにあるのは事実上ヒト-モノ関係です。


つまり、ヒト-ヒト関係論は、着手されたとたんにヒト-モノ関係論にスリ替わってしまうのです。


とはいえ、へーゲルにこのような観点から注文をつけるのは筋違いかもしれません。


のみならず、哲学一般に対してさえ筋違いかもしれません。


というのも哲学は、そもそも「知ること」とはどういうことか、「在ること」とはどういうことかという根源的な次元で問題を立てるのに対し、人間の社会的存在条件を間つというときには、そついう根源的次元のことどもはいったん括弧に入れてしまいます。


もっと日常的な次元で「知られることの意味」を問題にしているにすぎないからです。

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